2005-01-01から1年間の記事一覧

痕跡としての日付、カレンダー →デリダ『シボレート』 さらにまた痕跡が同時に身体に刻み込まれるものとしても理解されている。「詩人は全てユダヤ人である」 bonjourとこんにちはデリダの『モスクワ』でも、テクストと身体とのつながりが触れられている。

メディア論の脱構築

脱構築的な分析の出現の条件 ・・・メディア論的地平の複数性 テレビの出現によって狭義のエクリチュールの意味が相対化される。 エジソンによる音の複製手段の発明によって、一次的、二次的、三次的記憶の相関関係に根源的な反省が向けられる。 映画という…

メディア・ハビトゥスが技術的・メディア的変動を通して流動化するとともに、過去のハビトゥスが流用されながらも手探りに新しいハビトゥスを形成していく過程を見ていくための最も適したテストケースのひとつは、もちろんグーテンベルクの磁場だろう。 ここ…

身体のメディアハビトゥス・・・ジェンダーハビトゥスー習慣・・・デカルト『情念論』ハイデガーの「投企」と「配慮」の区別の止揚・・・技術を通して身体のメディアハビトゥス・・・ジェンダーハビトゥスー習慣・・・デカルト『情念論』ハイデガーの「投企…

メディアを通してのパルタージュ・・・ジャン=リュック・ナンシー ↓ ・1866年、大西洋横断海底ケーブル ・1927年、リンドバーグによる大西洋横断飛行メディアとしての身体・・・デリダのアルトー論 技術論としての精神分析・・・デリダのフロイト論…

desorientation ・・・差延の危機としての、脱時間化と脱領域化 スティグレール『技術と時間2』P107 ↓ これは、通俗的なデリダ理解と真っ向から対立するしかし単純化には気をつけるべき。 厳密には差延は抹消されえず、その編成の仕方が変わるだけ。この…

ラカンの現実界とデリダの差延 ・・・ともに外部へのレファレンスをもたない、構造上の地点。メディアの一次的利用・・・プログラム・・・メディア・ハビトゥスヴィトゲンシュタインとデリダ プログラムと習慣styleとstylo、バルトの『エクリチュールの零度…

メモ

メディアハビトゥス・・・ブルデューフッサールの相互主観性を、デリダの痕跡概念を経てメディオロジーへとつなげる

続デリダ

修論デリダ計画、妄想ではなくかなり本気になってきました。 目次 1、メディア論におけるデリダ 2、デリダのメディア論 3、メディアとしての文字 4、メディアとしての紙 5、電子メディア 6、メディアを通しての他者あるいは主体化 7、まとめといった…

妄想無罪

修士論文でデリダ論を書いてしまおうかと妄想。 メディウム論者デリダ。 メデディウムとしての文字、メディウムとしての紙。

大澤真幸 『電子メディア論』

電子メディアとは ここで「電子メディア」と呼ばれるものがどのようなもとして捉えられているのか、という点ははっきりしているだろう。要は、暗黙のうちに処理されていた時間という要素を極大化させるもの。そこに、たとえばカントの超越論的統覚の話が持ち…

香内三郎 『「読者」の誕生』

カズイストリーと相談欄 宗教的な原則とその日常生活での応用とを媒介するカズイストリーというジャンルは、「嘘」や「擬態」というテーマのもとですでに旧約、新約聖書のなかに見出されるとともにアウグスティヌスをはじめとするさまざまなコメンタリーをと…

Bernard Stiegler "La technologie et le temps-1-la faute d'Epimethee"

共同体と歴史性の問題 共同体は象徴の共有を通して構成されるのだが、しかしこの共有物とはなんらかのポジティブな対象ではなく、欠如のことをさす。現存在の構成において「生きられたことのない過去」を引き受けるという契機が不可避であると述べられるが、…

要約してみよう*1・・・「生産様式」

「生産様式」とはマルクスが『ドイツ・イデオロギー』において初めて用いた言葉で、スミス=リカルドゥの古典派経済学における「生産」という概念との明確な対比において用いられる。具体的には、古典派経済学において「生産」が「生産・分配・交換・消費」…

 スティーブン・ヴァイクトス『「間主観性」の社会学』

主体と他者の関係 ミードにとっての間主観性の成立とは、ある刺激にたいする反応が単に生物学的・本能的なものではなく、その刺激に対して他者が反応するように自己が反応できるようになることを意味する。ここにおいて、「組織化された客我」と「一般化され…

 マーク・ポスター 『情報様式論』

☆ 第二章 ボードリヤールとテレビCM メディアと領域 ポスターは、かなり疑問のあるやりかたでルーマンのメディア概念を引き合いに出すが、ルーマン理解の当否は別として、そこでメディアは「現代社会の細分化された諸制度を結びつける紐帯」(P86)と理解…

◎ 香内三郎 『「読者」の誕生』

「週刊」新聞の社会的定着 ☆ 第一章 「神の声」から「民の声」への移行 ◇ 十四世紀の終わりから十五世紀にかけて、中央の言葉の威信、というものが生じる(クイーンズ・イングリッシュ)。 ↓ ◇ 十七世紀の前半にはほぼその権威が確立してくる。 さまざまな辞…

 ◎ マーク・ポスター 『情報様式論』

マルクスの「生産様式」に向こうを張って「情報様式」という概念を持ち出してくる。そのことによって、それぞれ特定の情報体制をもっているという「情報様式」の歴史的変遷とともに、現時点でのポストモダニズム的な主体の地位を形作る特定の「情報様式」を…

 ◎ エドガール・モラン 『スター』

マリリン・モンローの位置 最後のスター、ジェームス・ディーンのあと、舞台裏の孤独を体現することでスターシステムの空虚さを示した。 この死はスター・システムの弔鐘をかき鳴らす。それは自然な神話の暴露であり、真実が飲み込まれる裂け目である。もは…

● エドガール・モラン 『スター』 「しかし、青春が、他の年齢層と対峙し、自分の想像上の領域と文化的モデルとをはっきりさせて、特殊な年齢層として自らを意識するようになったのは最近のことである。」P171 ・・・これは世代論の出現というものと平行…

● 『「読者」の誕生』 香内三郎 ◎ イメージ論の先駆としてのダマスカスのヨハンネス ・・・プラトン的な画然としたオリジナルとコピーの二元論ではなく、物的媒介としてイメージを想定する。 「われわれ死すべき人間はふつう、中間媒介なしに神の直接コミュ…

スター

● 『スター』 エドガール・モラン ◎ スターの黎明 ・・・役柄とスターの人格との分離 P14、15 → ● マーシャル 『有名人と権力』四章後半のトム・クルーズについての分析 ・「一九一三、四年から十九年にかけて、スターはアメリカとヨーロッパとで同時に…

● ボードリヤール 『物の体系』 D 物と消費の社会=イデオロギー的体系 ◎ モデルとシリーズ ・・・実体的な範型に依拠する「スタイル」から、内在的な差異の戯れのうちにある、シリーズとモデル(「渇望の運動」P177)の弁証法への移行。 1、ここで述べ…

シンボリック相互作用論

● 『シンボリック相互作用論の世界』 船津衛・宝月誠編 ・ミードから始まるシンボリック相互作用論、シンボルを通しての他者との了解関係の展開から出発するこのジャンルは重要だと思われる。ミードに関して言えば、「プレイ」から「ゲーム」への発達的過程…

観察

● 『観察者の系譜』 ジョナサン・クレーリー フーコーの考古学的手法を踏襲。 カメラ・オブスキュラから写真へという単線的な進化論と距離を置き、その間(1820年代頃)に生じた認識論的な断絶に焦点を当てる。 ・カメラ・オブスキュラの時代=デカルト…

欲望

● 『欲望の現象学』 ルネ・ジラール 「外的媒体」/「内的媒体」・・・セルバンテスとスタンダール 欲望の三角形の二つの在り方→超越的な欲望の主体として偶像化される他者と内面化され意識からは排除される他者。 「欲望とは他者の欲望である」というこの欲…

化粧

● 化粧鷲田清一「顔の現象学』 三章 「ほんとうの顔?」 ナチュラルメイク。非日常としての化粧と日常としての化粧の相違。ここにはおそらくまなざしとの接し方のおける社会的編成の少なくとも二つのタイプを見出せるのでは。さらには素顔という幻想。 この…

幻想

気温と湿度が高いので頭がぼんやりするソゾッロに前頭葉だけで歩く中学校脇ソフトボールにいそしむ女子中学生たちの歌声あの合唱はどこに由来するのだろう過疎それともアルカイックな機嫌があるのだろうかそしてまた観念の法へ傷跡が残らない思考抽象的な忘…

大手町駅をさまよいでテク巨をさまよう図太い松ノ木考案の黒鐚車鳥居さん具ラベル具ラベルじゃりじゃりと歩いて池の水面にしなだれる桜石積みに有給をたたえて木々のあいだに混ざる桜テンノーヘーカがお手を振りなさる外国人の観光白人と黒人のカップル二重…

空間ローブ底に演出されるせいなるもの地色素の深さ底に投入される時間の重さ新年伝統脈絡と受け渡されるもの修道院世俗から離れみずからにディシプリンをあてがいさらにその鎖を最大限に重くしていくその際限のない自己回天上っていく螺旋階段顔を覗かせる…