トランプ現象と表現の自由に潜む脆弱性

誰でもが容易に、そして広範囲に発信できるようになった。この現代の技術的条件は、表現の自由という考え方に本質的な変化をもたらしているのじゃないか。この文章は、この変化の可能性についての簡単な覚書です。きっかけとなったのは、アメリカ大統領のツ…

 卒業にいたる決断のドキュメントとしてのももクロ有安杏果「色えんぴつ」(『ココロノオト』)

はじめに ももいろクローバーZの有安杏果さんが卒業してから3日が経ち、ようやく少し気持ちも落ち着いてきたので、有安さんのソロアルバム『ココロノオト』を改めて聴いた。このアルバムは以前からかなり気に入っていたのでこれまでにも数十回は通して聴いて…

 ももいろクローバーZ有安杏果の卒業と一つの成長物語の終わり

はじめに 一つ前の記事で、リアルとファンタジーの関係という観点からももいろクローバーZの有安杏果さんの卒業について書いた。そこでは、ももクロというグループの魔法が、ももクロのメンバーという存在をファンタジーのようなリアルだと信じさせることに…

 ももいろクローバーZ有安杏果さんの卒業と残酷さについて

2018年1月15日、ももいろクローバーZのメンバー有安杏果さんの卒業・引退が発表されました。この記事では、「リアル」と「ファンタジー」という観点から日本のアイドル史ごくごく簡単に(かつ乱暴に)振り返ったうえで、ももクロファンとして、この出来事に…

東浩紀『観光客の哲学』と私的な祠

東浩紀の新刊『観光客の哲学』を読みおわったあとの放心状態から、ようやくぬけだしつつある。はからずも、きわめて個人的な読書体験になってしまった。浜辺に座って、沖を航行するクルーズ船をぼんやり眺めていたと思ったら、その船が急に進路を変えて自分…

ジョバンニは富士ヶ丘高校演劇部の夢を見たか

5月24日の日曜日夜8時頃、ももいろクローバーZ主演の舞台版『幕が上がる』が最後の公演を終えた。2012年出版の平田オリザの原作小説を元に、映画、舞台へと展開されていった『幕が上がる』プロジェクトがひとまずの終わりを迎えたわけだ。このブログ…

 平田オリザ『幕が上がる』――青春物語の向こう側について(ほぼ非ネタバレ)

現代日本を代表する演劇人平田オリザが執筆した小説『幕が上がる』。高校演劇を題材とした青春物語として2012年に出版されたこの作品が、ももいろクローバーZ主演での映画化によって、再び脚光を浴びている。おそらく一般的にはこの『幕が上がる』は、『ウォ…

 電王戦第一戦感想―「強さ」とは何か

昨晩の電王戦第一戦、菅井五段vs習甦の対局結果は衝撃的でした。習甦はコンピュータ同士での予選では第五位、優勝したponanzaとはかなりの差があったというのは大方の共通認識だったと思います。また今回のレギュレーションでは、出場ソフトは大会時点で開発…

ももいろクローバーZ『5th Dimension』の反時代性

ずいぶん久しぶりの更新で、なぜか4月10日に発売されたももいろクローバーZのニューアルバム『5th Dimension』ついて書くことになりました。なにとぞご容赦ください。 前段:音楽コンテンツの売れない時代 この記事では、ももクロのニューアルバム『5th Dime…

「大文字の他者」へのメッセンジャーとしての「マスコミ」

情報経路の多様化、などということはかなり前に言われていて、新聞やテレビといったいわゆる「マスコミ」の存在感はかつてに比べてばずっと小さくなっている、というのは疑いようのない事実だと思います。経営的に見ても、広告費の全体においてネット広告の…

スティグレールによるゲーミフィケーション

「ゲーミフィケーション」に関してツイッターに連投したものを、せっかくだからまとめておくことにしました。不勉強ながら、ゲーミフィケーション(ゲーム化)という言葉についてはTBSラジオの「文化系トークラジオLIFE」の去年の特集で初めて知り、すると不…

「アーキテクチャ」と「プラットフォーム」――コミュニケーション的接触についての考察

書こうと思っているテーマがいくつかありながら、わかりやすく書くのが難しくうっちゃっているうちに、ずいぶん間隔が空いてしまいました。今回は「プラットフォーム」という言葉をめぐってちょっと書いてみようと思っているのですが、このテーマについても…

日本のメディア文化: カタストロフィとメディア

本日21時から、フランスのリヨンにて以下のタイムテーブルでイベントが開催されます。 (時間はフランス時間)2:00 pm – 8:00 pm 2:00 pm - 3:30 pm 石田英敬「イントロダクション――カタストロフィとメディア」 3:30 pm - 4:15 pm ベルナール・スティグレー…

ヒマを巡る哲学的序説

以前、同人誌を出すという知り合いに求められて書いたものの、結局同人誌そのものが立ち消えになり、ずっと宙づりになっていた文章を載せます。マルクスの娘婿であるポール・ラファルグの『怠ける権利』の批判から出発し、、ベルナール・スティグレールの議…

twitterとアテンション・キャピタル

有限なものがあるところには、必ずエコノミーがあります。たとえば鉱物資源であれば、埋蔵量も、発掘に必要な資本(生産資本や労働資本)も、流通システムが許容する流通量も、精製能力も有限であり、さまざまな配分=エコノミーがそこに生じることになりま…

動画コンテンツとコミュニケーション ――テレビからニコニコ動画へ

このところ、メディアとコミュニケーションの関係について色々書いてみているのですが、またその続きです。今回は、動画コンテンツとコミュニケーション、といったより限定的なトピックについて考察してみたいと思います。メディアとコミュニケーションに関…

指標の信頼に足る不確実性について

去る7月11日には参議院選挙の投開票がありました。予想されていた民主党の敗北が現実となり、世間全体があわただしくなっている傍らで、東浩紀氏のtwitter上でのつぶやきがささやかな波紋を呼んでいました。それは、今回の参議院を棄権した、とのつぶやきで…

連続シンポジウムの宣伝

メディア・コンテンツ総合研究機構連続シンポジウム(長っ)というものの宣伝を貼ります。Vol.1が7月17日、Vol.2が7月24日と、文字通りの連続シンポジウムとなっています。初回は事前の申し込みの必要なし、第二回は事前の申し込みが必要であるようです。「…

twitterは詩壇の裏をかいたのか

高橋源一郎氏のtweetによって、詩壇(というのでしょうか?)である悶着が生じていることを知りました。その悶着の発端がtwitterにあったため、その直前にtwitterへの考察ということをしてみたこともあり、twitterについて、より正確にはそこで可能となるメ…

マスメディアとマスコミュニケーション――twitterについて考える 

最近、twitterなるものにちゃんとコミットしてみようと思い始めているのですが(アカウント自体はかなり以前から取得していました)、同時に、twitterというツールについても考察してみたい、という欲望も日に日に増してきています。少し前の記事でtwitterに…

故障したコンピュータは電気狂人の夢を見るか――物質的脆さについての試論――

以下に載せるのは、知り合いが発行した「クロニック・ラヴ」という同人誌に掲載してもらった文章です。 - 1、フッサール:コンピュータ画面の現象学 この文章を書きだす前に、おそらく一分ほどの間、なにも書かれていないまっさらなワードのシートを眺めて…

『ヒカルの碁』――「神の一手」と歴史の慈愛について

以下に載せるのは、かなり以前に「紙屋研究所」という漫画批評サイトに僕がメールで送った、囲碁漫画『ヒカルの碁』についての感想文です。サイト運営者の紙屋氏は、電波なやつから送りつけられた文章を記事として取り上げてくれ、解説を付して公開してくれ…

政権交代について

鳩山首相の辞任というちょうどいいきっかけがあり、またいま飛行機のなかでヒマなので、まったくの門外漢ではありますが、昨今の日本の政治状況についてつらつらと書いてみたいと思います。鳩山首相の辞任直前、内閣支持率は20パーセントを切るまでに落ち込…

 将棋と時間―将棋に見る有限性の考察

つい先日まで、将棋の名人が戦われていました。羽生名人が4連勝で防衛、というニュースを読んだひとも多いかと思います。その羽生名人に挑戦したのは、三浦弘行八段という棋士でした。この三浦八段は、対局中のアクションがきわめて大きな棋士で、手を読ん…

 ダニエル・ブーニュー『コミュニケーション学講義 メディオロジーから情報社会へ』

ひさしぶりに読書感想文を書きます。題材は、ダニエル・ブーニューの『コミュニケーション学講義』。これは、急激に変化しつつある現代のメディア環境およびコミュニケーション環境に身を置く人間にとって、間違いなく必読の書であります。メディオロジー、…

一つのメディア体験――「激笑 裏マスメディア〜テレビ・新聞の過去〜」

今週の月曜日の夜10時、NHKで放送記念日特集というものが放送されていましたが、その裏では、Ustreamをつかったツッコミ番組「激笑 裏マスメディア〜テレビ・新聞の過去〜」が流されていました。詳細については“革命的Ustream放送”「激笑 裏マスメディア〜テ…

「また日本か!」

テレビ見てる暇あったらニコ生見てた方がいいって時代が、もう来てるのかもしれないですね。白田先生すばらしい。↓で語られてる考え方、論理の運びや余分な細部までも含めて、98%は賛同。のこり2%は、探したら見つかるかもしれないという程度。いまのとこ…

スティグレールから見たデリダ

スティグレールの来日が数日後に迫っているということと、ほかにもちょっときっかけがあって、ここ数日、スティグレールについてあらためてつらつらと考えていたので、そのことについて書こうと思います。内容は、スティグレールが提示している考えから遡行…

スティグレールの痕跡の戦略

お知らせです。最近、ついに主著の『技術と時間1 エピメテウスの過失』の邦訳が刊行されたスティグレールですが、12月19日に来日し、シンポジウムに参加します。今回は、メディアアートをめぐる連続シンポジウム「メディアアートとは何か?」の一つにスティ…

民主党への失望

政権交代に大きく期待はしていたけれど、民主党そのものへの期待は、限りなく低かった。マニフェストに記された目玉の政策が実現しなかったとしてもほとんど失望しないし、むしろ、全部実現したらヤバいだろうから、それなりに現実的な判断が働いてあとは「…