「ポールさんのようになる」でいいのか

ホテル・ルワンダ』という映画をめぐって、「ポールさんのようになる」というキャッチフレーズが行き交っています。その利用法はというと、「僕らもポールさんのようにならなければならない」というようなところか。しかし僕はこの言葉、どうも好きになれません。その感覚はおそらく僕という人間性の深いところに根差しているのかもしれませんが、さしあたり『ホテル・ルワンダ』という映画をどのように観たのかという点に、そのひとつの徴候が現れていると思います。以下で、少し話題になった「職業倫理」問題に迂回しながら、「ポールさんのようになる」というキャッチフレーズについて書いてみたいと思います。

以前、町山氏が「ホテル・ルワンダ』についてこのように書いていました。

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060114
孤立無援のポールさんを最後まで支えたのは、愛国心でもキリスト教の教えでもなく、ホテルマンとしての、接客業としての職業倫理だった。
つまり「どんな客も差別しない」ということ。接客業では、店内に入ってきた人を、たとえ客でなくても、どんな服装をしていようと、どんな人種だろうと、基本的にお客様として取り扱うよう教育される。もちろん「他のお客様のご迷惑になる」時は出て行ってもらうこともあるが、「追い出す」のではなく「お帰りいただく」わけだ。
ルワンダは国家をあげて虐殺を推進し、キリスト教教会でも虐殺が行われた。
国家や民族や宗教が、隣人への差別と憎悪を押し付ける時(戦争時はたいていそうだ)、
ポールさんは職業の倫理だけに従うことによって、多数派から独立した判断を貫いた。

つまり、職業倫理そのものに積極的な意義を見出し、それを貫くことでルセサバギナ氏は人々を救うことができた、というわけです。僕はこれを読んで違和感を覚えたのですが、案の定、これをめぐっていくらか議論があったようです。

たとえばswan氏は、映画自体は観ていないようですがあくまでも一般論として次のように述べています。

http://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20060118/p1
現況の不合理を乗り越える源泉は、市場的な個人の社会規範(職業倫理)というより、むしろ、その社会的善への参照能力であって、最終的には、アリストテレスが想定したような存在、「批判的で内省的な社会的存在」である人間存在に求めるのが自然なように私には思われる。すなわち、法ないし規範が正義に反している場合には、規範を逸脱し、改変する自由(積極的自由)をもつ人間である。

前後の文脈も合わせて自分なりに咀嚼すると、職業倫理そのものが善であるではなく、市場のルールそのものは不合理性を是正していくレトリックとして機能するというだけで、最終的には個々人が「社会的善」を独自に参照できるのでなければならない。そしてその時に利用できる市場のルールというレトリックが自身の参照する「社会的善」の達成に有用であるならばそこに依拠し、そうでないならばルール再構成のために動く必要がある、というわけです。これを『ホテル・ルワンダ』に関して翻訳すれば、ルセサバギナ氏は無条件的に職業倫理に奉じそれによって人々を救ったわけではなく、自身の参照する「社会的善」=人々の救出という点からホテルマンという立場が有用だったのでそれを最大限に活用したのだ、ということになると思います。

swanさんの議論そのものはなるほどなあと思ったのですが、でも『ホテル・ルワンダ』とはまた別の話だと思いましたし、swanさんも実際に映画を見ればそう感じるんではないか、と思ったのですが、実際に映画を観たあとにDead Letterさんがこの意見に賛同していたので驚きましたhttp://deadletter.hmc5.com/blog/archives/000136.html。それに、swanさんも先日ようやく映画を観たらしいのですが、この件についてはまったく触れていませんhttp://d.hatena.ne.jp/swan_slab/20060308/p1。ということは映画を観ても意見が変わらなかったということなんでしょうか。この辺、気になるところです。

一方、BigBangさんは明快に、「『ホテル・ルワンダ』では職業倫理など問題になっていない」と切り捨てていました。

http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/ultra/2006/01/post_92b6.html
あの映画のどこをどう見れば、ポール・ルセサバギナをここまで読み違えるのか、まったく理解できない。彼はフツだが、ツチの妻と娘の命を、親族の命を守りたかっただけだ。そで賄賂を振りまいてなりふりかまわず周囲を利用した。ホテルの支配人の立場を利用した。それ以上でも以下でもない。そうとしか僕には読めない。誰が職業倫理の話にしたんだろうか。彼の動機は、俗っぽい「防衛本能」から、家族と親戚と隣人だけ助ければいいというところから始まったかもしれない。
しかし、そんな安っぽい彼の同情心、防衛本能も、結果的に1200人あまりの命を救うことになることがあるというのが、家族も恋人も殺されたことのない場所からはわからないのかもしれない。残念ながら根本から読み違えた記事を端緒に、議論が発展したことは「瓢箪から駒」ではあるけどね。

身も蓋もないと言えばそれまでですが、僕としてはむしろこっちの意見の方がわかります。が、やはりこの意見にも僕は違和感をもってしまいます。じゃあどこに違和感を覚えたのか。

ここまで三つの立場をあげました。
1、職業倫理を徹底することでルセサバギナ氏は人々を救った=町山氏
2、ルセサバギナ氏は自らの善に照らして人々を救った=swan氏(もちろんその時点で氏は映画を観ていないわけですが)
3、ルセサバギナ氏を突き動かしていたのはたんにエゴイスティックな本能であり、それが結果的に人々を救ったというだけだ=BigBang氏
これらの立場との距離で自分の考えを説明したいと思います。

と、いきなり話がそれるのですが、『ホテル・ルワンダ』を観た少しあとに、デイヴィッド・ラシャペル監督の『RIZE』という映画を観ました。http://www.rize-movie.jp/index2.html。ロス・アンジェルスのサウスセントラル地区を舞台としたダンス・ドキュメンタリーです。治安も最悪でギャングたちがしょっちゅう抗争を繰り広げられるその一角で、ある日トミー・ザ・クラウンという男がピエロの化粧をしラジカセをもって道路に出て踊り始めました。ピエロを開業することに決めたのでした。何をやっているのだろうと物珍しげに集まってくるひとびとにトミーは名刺を配り、そして彼のピエロ稼業が始まる。それから彼はいろんなイベントに呼ばれるようになるのですが、それと平行して子供たちにダンスを教えていった。そうした努力の末にトミーはその一帯でカリスマ的な人気者になると同時に、いわば子供たちの教育者としての役割を果たすようになった。「ギャングにはなるな、踊りを踊れ」、これが教育の入り口でした。

このトミーがきっかけとなりその地域では多くのダンスグループが生まれ、お互いに技を競うようになっていきました。その様子をおさめたのがこの『RIZE』という映画です。彼らはみな黒人であり、そのしなやかな肉体が見せる狂おしいばかりに激烈な踊りは、とてつもなくすごい。しかし、本当に胸をうつのはそこではありません。映画の冒頭、ひとりのダンサーはこのように言ってました。「海で溺れてるときに一枚の板が浮かんでたらそれにつかまる。その板が俺たちにとっちゃダンスなんだ。」その地域では現実問題として社会の中に入っていく際にはほとんど、「ギャングに入るかダンス・グループに入るか」という選択肢しか残されていません。とするとそこではダンスは、学校をさぼっておこなう非日常の行為ではなく、秩序の欠けた空間の中で辛うじて日常性を保つことのできる切実な祈りに近いものです。この日本からすると想像できませんが、若者たちが集まって踊り狂うダンスパーティーの相関物は、そこでは学校と教会であるのです。一人の男が別の女を教会に誘った。その時の文句はこうでした。「教会にきなよ、ダンスがうまくなるぜ」。これ、本当なんです。そこらではみな教会で踊る。だから教会に行くとダンスがうまくなる。映画に出てくる若者たちの踊りのすごさはその身体の並外れた力強さと表現力にあるのではない。生きるすべとして、秩序のない空間の中でなんとかして人間らしく生きていくための媒体として選ばれたダンスの、その目に見える切実さ、激しさ、狂おしさがどうにも胸をうつのです。だから僕はそのダンスを観ながら涙が止まらなくなったのでした。

その涙は、もしかしたら『ホテル・ルワンダ』の影響もあったのかもしれません。というものも僕は彼らのダンスに、『ホテル・ルワンダ』のなかでホテルの秩序をなんとかして保とうとするポール・ルセサバギナ氏の姿をかぶらせていたからです。そこで保たれたホテルとしての秩序は、職業倫理といったものでも特定の目的を達成するための手段でもなく、ひとびとが次々に殺されていくという極限の混沌の中で正気を保って背筋をのばしているために辛うじてすがることのできたひとつの象徴なようなものだったのだ、と僕は感じたのでした。ちょっとでも気を抜くと足元から崩れ落ちてしまいそうな状況で、ホテルマンという仕草にのっとることでなんとかルセサバギナ氏は立っていることができた。物資の調達に行ってきたあと部屋で一人で崩れ落ちたシーンがあります。恐怖と混乱で立っていることもできなくなった彼は、しかしネクタイを締め直しホテルマンとしての象徴を整えることでまた立ち上がったのでした。ここにはまた、単なる防衛本能以上のものがります。つまり、象徴の次元です。人間は完全なる混沌を生きることはできず、なんらかの秩序をそこに抱えることができなければ即座に狂ってしまう。そこで生み出される象徴と、またその象徴にすがっていく姿に、人間独自の存在のあり方というものが赤裸裸に現れるのだと僕は考えます。そして僕は『ホテル・ルワンダ』にそれを感じたのでした。

上に挙げた、1、2の発想では、基本的に冷静に判断する主体というものが想定されているように思います。職業倫理そのものに奉じるか、あるいは「社会的善」を参照することで特定の職業倫理を「利用する」のかは別にして、ある種の心の「余裕」というものが前提にされているように思います。その点で、そのような理解は僕の受けた印象からすると大きく違和感があります。ルセサバギナ氏とホテルマンという象徴との、異様な切実さをともなった密着が感じられた点に僕は心を打たれたからです。また3の発想ではとりすがられた象徴という次元が存在しません。だからこの意見も僕の感想からは大きく隔たっています。しかしもちろん、これは僕の感想を基準にしていっているだけのことです。

ただ、このようなそれぞれの見方は、「ポールさんのようになる」というキャッチフレーズと、それぞれ特徴的な関係を取り結ぶことになります。たとえば僕の感想からすると、「ポールさんのようになる」なんてことはとても言えません。これは大まかに言うと、ポールさんをヒーローとして捉えるかそうではないか、という点に集約されます。ヒーローというのは状況にかかわらず事態を打開していくことができます。というのも、運命と自由というものがあって、前者が状況に決定されてしまうこと、後者が状況を決定していくことだとすれば、ヒーローには特権的な自由が許されているからです。ハリウッド映画に出てくるヒーローをみればわかります。だからそこにはつねに、良くも悪くも予定調和的なものがある。はじめから、最後にはヒーローの特権的な自由へと話がおさまることは分かっているわけです。では、ポール・ルセサバギナ氏はそのような意味でヒーローだったのか。僕はまったくそうは思いません。彼は確かにさまざまな働きかけをおこない、その結果1200人もの命を救うことになりました。しかしそのような結果がもたらされたということは、ほとんど偶然のものです。ちょっとしたきっかけやほんのささいなタイミングなずれがあれば容易に全員が殺戮されえたわけです。ちょっとまえにアップした『ホテル・ルワンダ』の感想にも書きましたが、たまたま生き残ったローラン・ヌコンゴリというツチ族の弁護士はこう言っています。「まるっきりかけねなしに、自分がなぜ生きているのかさっぱりわからない」。もちろんこのヌコンゴリ氏も、局面局面では自分が生き残りうるように振る舞ったのだと思いますが、それでも結果として生き残ったことのいいようのない無根拠性をこのように語っています。同じことはルセサバギナ氏や彼に救われた人々に関してもどうように言えるのだと僕は思います。「ルセサバギナ氏が人々を救った」と単に言ってしまうことは、彼らが最終的に生き残ったことがほとんど無根拠であること、つまり現実の状況がそこまで異様であったということを覆い隠してしまうことにもなりうると思います。だから僕はルセサバギナ氏をヒーローとして扱うことは、彼が置かれた状況というものに対してかなり傲慢な態度だと思えてなりません。実際には、状況がたまたま彼を選び、そして彼がその状況に対して奇跡的に応えることができたというだけであり、そういった状況全体のどうしようもない無意味さや偶然性をこそまず引き受ける必要がある、と僕は自分自身に対して注意を促したのでした。

町山さんはこのように書いていました。

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060304#seemore
ホテル・ルワンダ』で最も感動的なシーンはこれだ。
ポールさんが、ついに国連軍から「君の家族だけ逃がしてやる」と言われる。
しかし、ポールさんはホテルに残ることを選ぶ。泣いて怒る妻子を先に逃がして。
それまでのポールさんはとにかく自分の家族を守ることだけに必死だった。家族愛なんて誰でも持っているものだ。しかし、家族を捨てて、他の人々のために残ると決心した時、彼は家族愛を超えた。だからあのシーンは感動的なのだ。

「感動的」ということから言えばそうかもしれませんが、僕としては、「感動的」というか、僕にとっての『ホテル・ルワンダ』を象徴するシーンとしては別のところを挙げたいと思います。それは国連軍が到着し、ホテルに泊まっていた白人のジャーナリストたちが帰っていくシーン。雨が降っている中、バスへと乗り込んでいくジャーナリストに傘を差し出す黒人のベル・ボーイに対してそのジャーナリストは言います。「やめてくれ、自分が恥ずかしい。」僕にとって『ホテル・ルワンダ』は、ここに象徴されるような傍観者の疚しさをこれ以上なく刺戟する映画でした。感想にも書いたように虐殺が起こった当時ぼくはそのことを知りもしなかったしもしなにかのきっかけで知ったとしてもそのままスルーしていたでしょう。そして10年以上立ってから映画館のスクリーンでそれを観て絶望的な気分になっている。この距離感が疚しくて仕方なかった。僕にとって絶望的だったのはスクリーンに描き出される情景ではなく、実際にあったその出来事と自分との間の距離であり、またその出来事をみつめる自分のまなざしの純然たる安全さだった。その絶望をどうしていいかわからなかったが、しかしごまかすのは嫌だった。

ごまかすのは簡単で、たぶんいろんな方法があるのでしょう。ツチとフツという区分そのものがコロニアルな文脈で生まれたことを等閑視して「野蛮人の殺し合い」と見なすこと、ツチとフツという区別を持ち込んだ「白人」の罪と見なすこと、ツチを善フツを悪と切り分けて後者だけ断罪すること。しかし実際には事態は入り組んでいて単純に誰が正しく誰が悪いなんてことを言えず、そしてその複雑さの中にはもちろん「日本」という主体も何らかの形で参与しているわけです。ごまかすというのはまず、その複雑さから目を背けることです。また、上に挙げたごまかしとは少し次元が異なりますが、しかし正解のない場所に心理的な安全弁をもうけるという点で、ルセサバギナ氏をヒーローにまつり上げることもまた一種のごまかしであると僕は思っています。どんな状況になったとしても、「ポールさんのように」あれば虐殺を防ぐことができる。もちろんそんな単純なことを考えている人はいないのでしょう。「ポールさんのように」は必要条件ではあれど十分条件ではない、と言われるのだと思いますし、その「こころがけ」自体を否定するものではありません。しかし一方で、「ポールさんのように」というマジックワードは疚しさをごまかすツールにも容易になるものです。それはたとえば、このブログで少しやり取りをした「歴史的検証」が容易に過去を直視しないためのツールになってしまうのと同様です。僕は『ホテル・ルワンダ』を観たことで自分の中に生まれた疚しさのその耐えがたさゆえに、「ポールさんのように」というキャッチフレーズからは距離を置こうと思っています。それに甘えてしまいそうだからです。と同時に、なんだかゆるく出回っているこの言葉に対しては基本的には批判的に接しようと思っています。しかしまあ、世の中には心の強い人もいるのでしょう。

少し脱線になりますが、これは本人に聞いてみたいところですが、ルセサバギナ氏の行動を「防衛本能」と切って捨てるBigBang氏は「ポールさんのようになる」というキャッチフレーズをどのように捉えるのでしょうか。おそらく批判的なんじゃないでしょうか。そのことと、歴史の固有性にあくまでもこだわり安易な類比を批判する氏の姿勢はどこかつながっている気がします。