一つのメディア体験――「激笑 裏マスメディア〜テレビ・新聞の過去〜」


今週の月曜日の夜10時、NHKで放送記念日特集というものが放送されていましたが、その裏では、Ustreamをつかったツッコミ番組「激笑 裏マスメディア〜テレビ・新聞の過去〜」が流されていました。詳細については“革命的Ustream放送”「激笑 裏マスメディア〜テレビ・新聞の過去〜」の裏側 (1/2) - ITmedia NEWSで記事にされています。要約するとこれは、NHK番組放送の二日前のツイッターでのつぶやきに端を発し、ケツダンポトフのそらのさんが計画し、開始二時間前に会場(小飼弾氏の私邸)が決定した番組で、出演者には小飼弾氏、堀江貴文氏、津田大介氏、上杉隆氏、山本一郎氏という豪華な面々が名を連ねたのでした。

まずは、番組実現に至るまでの驚くべきフットワークの軽さと、にもかかわらず集められた面子の豪華さが衝撃的です。この軽さと豪華さの両立を可能としたのは、言うまでもなく、twitterというリアルタイムメディアと、Ustreamという動画生中継サイトという、コミュニケーションあるいは情報発信のコストを極限にまで切り詰めた新しいメディアです。新たなテクノロジーのおかげで、これまでは考えられなかったようなことが、これまでは考えられなかったような仕方で可能となったのですね。

結論から言うと、僕はこの番組、というかNHKによる本放送とそれにツッコミ(や暴言)を入れる裏番組、それにそれらを中心として渦を巻いたtwitter上のつぶやきの圧倒的な流れに大きな衝撃を受け、深く感動さえしました。けれど、あちこちの論評や呟きなどを見ても、自分が受けた印象を代わりに表現してくれているようなものは見当たりませんでした。なので、自分で書きます。長文の予感。

今回の試みに対してどのような反応があったのかという点については、こちらを見ていただければ、だいたいの流れがつかめるかと思います。今回の番組では、切込隊長こと山本一郎氏が相当量の狼藉を投下していったことによって、氏をめぐる毀(誉褒)貶がたちどころに姦しくなってしまい、隊長風に言えば微笑を禁じえないところでありますが、このことによって、(僕の見たところでの)この企画の意義が見えにくくなってしまっているように思います。

上のtogetterをざっと見て行くと、やはり否定的意見が多く目に付きます。それらの主をなすのはぱっと見は山本一郎氏への弾劾でありますが、ゴルフの素振りをやっていた上杉隆氏への飛び火も見られますし、総じて言えば、酒飲み話のノリそのものがもつ下劣さに対する全般的な非難であるといえると思います。この非難の裏には、建設的かつ生産的な議論への期待というものがあったのでしょう。期待が高かったからこそ失望も深かったわけです。加えて、番組専用のハッシュタグに寄せられたつぶやきをぜんぜん拾えていない、つまりリアルタイムの双方向性を実現できていない、という運営上の点に関する批判も見られました。

出演者の中では、津田大介氏は建設的かつ生産的な議論になることを望んでいたようで、番組内でもたびたび軌道修正を試みていました。また事後のつぶやきでも、反省の弁を繰り返し漏らしています。その他の出演者はというと、明らかに軽いノリで酒飲みながらだべりに来ているという様子に見えたので、もしちゃんとした議論を繰り広げることが目的の番組であったのならば、その点での共通了解ができていなかった時点で致命的でしょう。ただ、そらのさん自身はそんなつもりはなかったようなので、津田氏とそれ以外のメンバーとの間で、「したいこと」の根本的な差異があったのでしょう。

しかしまあそんなことはとりあえずどうでもいいんです。内容に関してこれから改善して行く点も多くあるんでしょうし、運営面においてもそうなのかもしれません。しかしそんなこんなのもっと手前のところで、僕は今回の試みをとても面白いと思い、そして限りなく意義のあることだと思いました。内容上の面白さや不愉快さなどより以前に、そこで実現しているコミュニケーションの回路や、その回路が自分に触れてくる際のメディアのあり方という点で、今回の企画はきわめて刺激的だったのでした。

メディアというものは、自分の無意識の皮膚感覚のようなものを形作る場です。今回は、その皮膚感覚そのものが根本的に変容した、というような感触を覚えました。だとすれば、その変容する皮膚に何が触れようが、さしあたりはどうでもいい。思いもかけないところから声が響いて来たのだから、その声が「ハゲ」と言っていようが「シャブ野郎」と言っていようが、そんなことはどうでもいい。


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僕は普段あまりテレビを見ず、新聞のテレビ欄も見ず、何曜日にどの番組をやっているのかもよく知りません。しかし今回のNHKの放送記念日特番に関しては、前の日からその放送を待ち構えていました。それはtwitter上で、Ustreamでの裏番組をやるということを目にしていたからです。そして僕の中ではこの時点から、一つのイベントが始まったのでした。僕はNHKの番組の内容を見たかったのではなく、Usteamの裏番組とともに「テレビを見る」という行為そのものが楽しそうだと思ったのです。

「激震マスメディア〜テレビ・新聞の未来」と題されたNHKの特集は、スタジオに論者を集め生放送で討論をする、という番組です。討論の合間には、マスメディアの現状をまとめたVTRが流れ、それを足場にそれぞれのトピックについて議論をしていく、という流れになっていました。出演者は

日本新聞協会会長   内山斉  
日本民間放送連盟会長 広瀬道貞 
ドワンゴ会長     川上量生 
●ITジャーナリスト  佐々木俊尚
学習院大学教授    遠藤薫  
●NHK副会長     今井義典 

となっています

この番組で特筆すべきなのは、番組内にtwitterを全面的に導入している点です。メールやファックスでの意見に加え、番組独自のハッシュタグを設定し、そこに寄せられたつぶやきをリアルタイムで拾い出して、スタジオでの議論にフィードバックさせる、ということが試みられていました。これはNHKのやることとしては相当に勇気を振り絞った感があります。

当日の22日、僕は夜の9時すぎあたりからTweetDeckを立ち上げ、NHKの番組とUstreamの番組のハッシュタグを両方ともウォッチし始めました。そこではちょうど、後者のハッシュタグを前者のものと同一にしてしまうことを巡る是非が議論されていました。山本一郎氏(覚醒前)も、これについてNHKスペシャル論評していました]。

ハッシュタグを巡る議論では、それを「渦」の比喩で説明しようとする佐々木俊尚氏の主張が印象的でした。

ただハッシュタグについての共通認識はまだほとんどできていない。私の個人的とらえ方は、ハッシュタグTwitter圏における「渦」のようなもの。その渦の中心には、イベントやできごと、ニュースなどがある。
7:08 PM Mar 21st via Seesmic

二つのイベントが二つの渦を作っていて、その渦は一部は重なり、一部は重なっていない。両方を見ている人もいれば、片方しか見ていない人もいるから。そこで無理矢理ハッシュタグを同一にすることは、渦を全面的に重ね合わせようとするのと同じ。
7:10 PM Mar 21st via Seesmic

情報圏域は(重なってない部分もあるので)異なっているのに、渦を同一に重ねてしまうと、そこには必ず混乱が生じる。無理矢理重ねられた側から見ると、それはスクワッティングに見える可能性もあるということを認識したい。
7:12 PM Mar 21st via Seesmic

結局、二つの番組のタグはちゃんと分けた方がいいということに落着したようですが、実際にはある程度の「混線」は起こっていたようです。

とにかく僕は、こういった意見になるほどーとうなずきながら、デスクトップPCでUstreamに接続し、ひざにはノートパソコンを置き、そちらでは二つの番組のハッシュタグのもとに集められていく猛烈な勢いのつぶやきの流れをTweetDeckを使って眺めつつ、NHKの番組の開始を待っていました。このとき僕は、まさにイベントの開始を待っているような心境でした。間違いなくワクワクしていました。


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言うまでもありませんが、以上のような環境で「視聴」なるものを試みる場合には、「視聴者」には相当の認知的負荷がかかります。ただでさえ二つの番組を同時に見るという時点ですでに厳しいのに、そのうえ二つの番組を巡って、次から次へと大量の呟きが流れて行くわけです。番組二つにTL二本(ちょっ早)、明らかに限界超えてます。僕にとっての今回のメディア体験が、認知的限界を超えた朦朧状態によって相当程度規定されていたということは、あらかじめご了承いただければと思います。

さてようやく、ようやくここからが本題なのですが、上記のような視聴体験のなかで僕が感じたのは、参照先となるNHKの番組とそれに対するつっこみ(×3)という構図ではなく、Twitter上の大量のつぶやきが巻き起こすコミュニケーションの渦から湧き上がる二つの島、という構図でした。あくまでも個人的な実感ではありますが、それでも、あたかも主がTwitterのつぶやき群で、従が二つの番組である、という感覚を覚えたのです。ここにはもちろん、Twitterというメディアの特殊性が大きく関係しているでしょう。

たとえば番組に対してメッセージを送ることと、同じ内容をTwitterでつぶやくこととのあいだには本質的な違いがあります。それは、前者の場合はそのコメントがある誰かへと差し向けられるものであるのに対して、後者の場合それが差し向けられているのは、自律したあるコミュニケーション回路であるという点です。

Twitter上での「この番組つまらん」というつぶやきが属しているのは、まずもってそのTwitter内でのフォロー関係(あるいは起こりうるRTへの予期)が構造化しているコミュニケーション回路であり、番組そのものはシステム論的にいうところの環境というやつになります。コミュニケーションとは際限なく接続していく連鎖関係のことであり、そこには連鎖の独自のロジックが存在します。番組なりなんなりの外の世界は、そのロジックが機能して行くための素材(話題)にすぎません。

ハッシュタグというのは、この自律したコミュニケーションのプロセスからつぶやきを拾い出してきて擬似的に一つの「場」を作り上げることで、そこに新たなコミュニケーションの連鎖のレイヤーを生み出す役割を果たしているといえると思います。そこではつぶやきのステータスは二重化されます。そのつぶやきは、一方ではハッシュタグによって生成される擬似的な「場」での連鎖を予期しつつ、他方では自分をフォローしている人たちの反応も予期するわけです。しかしいずれにせよ、そこにはそれぞれ独自のコミュニケーションの連鎖が生じて行くことになります

マスメディアというものは、マスコミとも言われるように、コミュニケーションの回路をマスに制御するものです。しかし、Twitter上での大量のつぶやきと合わせて番組を見ていると、NHKというマスメディアの制御から離れたところで、つぶやきの連鎖が一種のマスなコミュニケーションの回路を生み出している、ということが強く感じられました。このつぶやきの連鎖は、NHKがゼロから生み出したものではありません。Twitter上では、マスメディアがあろうがなかろうが、あらかじめすでにありとあらゆるつぶやきが連鎖しており、マスメディアにできるのは、それに刺激を与え活発にすることだけです。

現在はまだ黎明期ですが、今後は、Twitter上でのコミュニケーションをもっとも活発にすることのできるコンテンツが、一番多く受容されるコンテンツになるのではないか、という感想も持ちました。国民の大多数がTwitterに常駐するようになれば、ある番組を巡るつぶやきが活発になればなるほど、当然その番組を見る人も増えるからです。とするとそのような状況でマスメディアに可能であるのは、そのつどゼロからコミュニケーションを作り上げることではなく、既存のコミュニケーションの方向を変えることだけだということになります。

この点において僕は、マスメディアの地位というものが本当に転覆されつつあるのだということが強く実感されました。このような実感を覚えるための機会として、マスメディアの危機について討論するという今回のNHKの番組は、まさに格好の機会だったいえます。今回のUstreamを使っての企画が果たした役割というのも、このマスメディアの地位の転覆というものを鮮やかに可視化する、という点にあったのじゃないかという気がします。

今回の裏番組に出演した面子は、そのまま民放の番組のそこそこの時間帯の出演者になってもそれほどおかしくないメンバーだと思います。そういった面々を五人も集め、たった二日の準備で生放送番組にしてしまえるという、現代のテクノロジーが可能とした軽やかさそのものが、まずもって例の転覆を如実に示す指標となっていると思います。それに加えて今回の企画では、NHKの番組の出演者であったドワンゴ社長の川上氏が、NHK出演後に裏番組に飛び入りで参加するというこれまた軽やかな軌道を見せていましたが、そのこと自体も例の転覆を象徴的に示していたように思えました。

長くなってしまったので一気にまとめますが、僕の言いたいことはこういうことです。つまり、本当の転覆は、NHK vs Ustream番組という二つの放送番組の間で起こっているのではなく、NHK(マスコミュニケーション) vs Twitter(マスになったミクロなコミュニケーション)の間で起こっているのではないか、と。

乱暴に規定してしまいますが、今回のUstreamでの番組企画そのものは、Twitterという「マスになったミクロなコミュニケーション(MMCと呼ぼう)」に接続することで成立するというまったく新しいステータスをもつ放送であり(ニコ生なんかもそうですね)、そのような放送が、たまたまNHKの番組もTwitterを取り込んでいたがために、ハッシュタグを媒介として、NHKの番組を飲み込んでしまった(ように僕には見えた)、ということであるように思えます。

ですので、裏番組が表番組に対して意義のある批評をできていなかった、というのは今回の企画にとっては二次的なんじゃないかと個人的には思います。TwitterのTLをリアルタイムに番組内に取り込んでいくという課題については、ここで議論してきたことから言っても進めていくべきことなんじゃないでしょうか。

なんかまとまりませんでしたが、雑感です。