終わりの始まりは・・・

このところ、図書館閉館のときの音楽が頭の中でリフレインしてます。十時二十分になると流れはじめるその音楽は、最初は軽妙なピアノソロなのですが、そのうちに重厚なオーケストラになって、早く帰らなきゃとどうしても焦ってしまう、よくできたエンディングテーマです。

その音楽が鳴りはじめると、僕は脇に積んでおいた本を慌てて書棚に戻して回ります。確か二日前の、そのさなか、ある書棚で、かなり年配のー六十は越えていたでしょうー警備員さんが、一冊の本を手に取って立ち読みをしていました。僕はこれまで図書館で警備員さんが図書館の本を立ち読みしているという場面に遭遇したことはありませんでした。その様子をちらっと横目で見て、なんとも微笑ましい気分になりました。いい光景じゃないですか。

今日も、エンディングテーマにあわせて本を書棚に戻しに行きました。すると、おそらく二日前と同じ書棚で、二日前と同じ警備員さんが本の背表紙をじっくりと眺めていました。二日前にそれを目撃したときには、たんなる気まぐれで本を手に取ったのかと思っていました。そしてまたそのとき僕はその警備員さんを一人の人間として見ることはなく、たとえば街なかでたまたま目が合った誰かのように、際限なく通り過ぎていく抽象的な存在としてのみその警備員さんの存在を受け取っていたのでした。しかし今日、書棚のまえにたたずむ姿を再び目にするに至って、その警備員さんが具体的な存在として、一人の人間として像を結びました。すると、彼がどんな本に興味を持っているのかが気になり始めました。

その書棚を通り過ぎたあと、僕は左に曲がり、それからまた左に曲がって、警備員さんがどの書棚のまえに立っているのかを確かめにいきました。何かを探している様子でさりげなさを装いながら、警備員さんの後ろを通りつつ僕は横目で書棚を確認しました。すると、そこは民法関連の本が並んでいる場所でした。どう考えても、ごりごりの専門書しか置いてないはずです。

二回の遭遇を通して一人の具体的な人間として像を結んだ警備員さんは、今度はささやかなミステリーまで提供してくれたのでした。なぜ、民法?むろん、想像することならいくらでもできます。かつて司法試験をめざしていたことがあったとか、個人的なトラブルに巻き込まれているだとか、亡くなった父が法律の研究者であったとか。しかし、ミステリーはまだ始まったばかりでし、早急に結論を出す必要はないでしょう。すぐに、また新しい材料が出てくるに違いありませんから、それにあわせてすこしずつ物語を練っていくことにします。

かくして、図書館閉館のエンディングテーマは、同時ささやかなミステリーのオープニングテーマともなったのでした。

できすぎ?